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三ツ城古墳 広島県東広島市 12

  • 2013/12/25 06:24
  • Category: 古墳
三ツ城古墳1312251





第一号古墳は全長92メートルの広島県最大の前方後円墳です。墳丘は三段に築かれており上二段の斜面には葺石が覆われています。

埴輪の総数は1800本余りで、前方部に鶏、水鳥、甲、短甲の形をした埴輪が、後円部には家形埴輪が置かれています。左右のくびれ部には造出があります。


以下は広島大学のホームページからの引用です。
 「1951年に、広島大学文学部考古学教室の故松崎寿和教授がこの古墳を調査した際に出土した須恵器は、胎土分析から、5世紀前半に大阪府南部の泉北地方の陶邑窯跡群で焼いた「TK73型」ということは分かっていました。
1996年には、奈良市平城宮朝堂院(政務や儀式が行われる場所)に隣接する朝集殿下層の溝の調査で、樹皮に近いところの年輪が残るヒノキ材が出土し、奈良文化財研究所が年輪年代測定法でこの木材を調査し、412年伐採の木材と判断しました。このとき一緒に、廃棄されたと見られるTK73型須恵器が同じ地層の溝から見つかっています。」
http://www.hiroshima-u.ac.jp/top/kenkyu/now/no11/



三ツ城古墳の被葬者は西広島一帯を治めていた有力首長で、ヤマト政権と深いつながりがあったようです。三ツ城古墳が築造されたのは412年頃と推定されます。ここまで細かく築造年代が推定されている古墳は全国でも珍しいです。

三ツ城古墳に興味を持ったのは、愛知県にある正法寺古墳に形状が似ていると思ったからです。築造年代はほぼ同時期で造出を有している。正法寺古墳は三重県の宝塚古墳に似ていると言われています。遠く離れた地域に立地しているこの三基の古墳ですが、もしかしたら埋葬された人物の立場は似ていたのかもしれません。

2011年には約1700点の復元埴輪のうち4点が倒されるという事件が発生しています。実際に破壊された復元埴輪をいくつも見ることができました。

 三ツ城古墳は形状や豊富な遺物から、当時の社会状況に想像を巡らせることができる興味深い古墳です。




名称:三ツ城古墳第一号古墳
所在地:広島県東広島市西条中央
形状:前方後円墳
規模:
墳丘長92m、後円部径62m、高さ13m。三段築成。前方部幅67m。前方部高さ11m。三段築成。
築造年代:5世紀前半
主体部:
後円部中央。箱式石棺2基、箱式石棺1基。槨あり。

出土品:鏡、鉄刀、鉄剣、鉄鏃、器、銅釧、櫛、勾玉、管玉、棗玉。円筒埴輪、家形埴輪、短甲埴輪、鶏埴輪。造出から土師器、須恵器類など。
古墳群:
史跡指定:国史跡 昭和57年6月3日。平成13年1月29日(追加指定)。







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前期古墳を中心に古墳や古墳時代を探求することを楽しんでいます。

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